ごあいさつ

通信Back number 2022年4~2023年3月

 

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信天翁通信2023年3月24日(金)No.412

★新学年を迎えるにあたり教室の模様替えをしました。部屋にステレオとスピーカーを置いてあったことがきっかけには違いないと思いますが,何故か「家にステレオはある?」と私が一人の塾生に聞きました。「ない」との返事でした。それを聞いて私は「ああ,そうか今どきの家にはステレオなんてものはないのか」となんとなく納得しました。一人一人が音楽を聴く時代ですから,もしあっても家の隅でほこりをかぶっているのではないかと思います。そのうち,ステレオという装置はなくなってしまい当然のようにステレオという言葉もなくなるのだろうかとふと思いました。

 コンピューターが人間と会話をしていてコンピューターが「いにしえ言葉,死に言葉」と人間に話すのを思い出しました。細かい場面設定は覚えていませんが,小松左京のSF小説にあったものだと思います。かつて私が使ったり聞いたたくさんの言葉が「いにしえ言葉,死に言葉」今は使われない「死語」になってしまっているか「死語」になりつつあるようです。

 しかし,死んでしまう言葉があれば生まれてくる言葉があります。「とりせつ」がわからなくて,子ども達に「取扱説明書」の略だと教えてもらいました。今,書きながら「とりせつ」とはひらがなかカタカナかと思って変換すると「取説」と真っ先に出てきました。こうした略語はどんどん生まれているのでしょうか。「おわこん」も知らない言葉でした。ネットで調べてみると「終わったコンテンツ」の略で表記は「おわコン」または「終コン」だそうです。みんなに受け入れられブームになっていたものが見捨てられたことを意味するとありました。略語と言えばアルファベット表記のものがたくさんあります。昔から国際的な組織に使われ「UNESCO・UNICEF」などが教科書に載っていました。近頃は「SDGs(持続可能な開発目標)」などのような新しい略語が出てきています。教科書に限らずネットの記事など略語とカタカナ表記の言葉がたくさんあります。

 「終コン」ではありませんが,新しい言葉が生まれ使われなくなるサイクルがどんどんと短くなってきているように感じます。特にパソコンやスマートフォンなどの電子機器に関係する言葉で感じます。そのため,私が新しい言葉についていくことは相当厳しいでしょう。少し前に高校生に「年の割にはよく使っている」とお褒めの言葉をいただきましたがどうでしょうか。ついていく必要があるかどうか疑問ではありますが周回遅れでもいいので何とかついていくしかないようです。嫌いな言葉ですが「頑張ります」。

★高校入試…昨年に比べ難しくなりました。どの科目も文章は長く,図表やグラフなど資料も多くなりました。しかし,資料の類はヒントでもありますから,読み取る力があれば易しくもなるはずです。また以前にもまして理・社は完全解答が多くありました。基本用語だけではなくそれらの関連や関係性についての知識が要求されます。学校の定期試験とは全く出題形式が違います。解いてみるのがいいのですが,どんな形式か目を通しておくだけでも参考になると思います。

★イモリ…忘れたころに餌を食べます。何年も飼っていて,いまさらですが,変温動物なので体温を維持するためのエネルギーは必要ないので少食ですむのでしょう。そしてメダカもまだ生きています。

 

 

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信天翁通信2023年2月24日(金)No.411

★もうすぐ新しい学年を迎える時期になりました。新学年をきっかけに何かを始めようと私は考えたりします。その何かをできるだけ継続して実行していきたいと考えるとき,思い出す三つの言葉があります。まずは「無理なく」,できる範囲でやり始めなければ長続きしません。二つ目は「むらなく」です。たくさんする日があれば,少ししかしないあるいはまったくしない日がある。これでは長続きはしないでしょう。この二つは「そうだ」と納得できます。

 最後の一つには「無駄」という言葉が入ります。さて,「無駄」という言葉のイメージはどうでしょうか。試しにグーグル検索で「無駄」を入力してみました。「役に立たない(余計な)こと。効果・効用がないこと。」と出てきました。例文としては「出費の無駄を省く」とありました。お世辞にも「無駄」から良いイメージは出てきそうにはありません。「無駄」は無いほうが良いもののようです。

 ところが最後の言葉は「無駄を恐れない」です。この言葉はどんな意味なのか考えさせられることがよくあります。場面によって異なるかもしれませんが,どんなことがが無駄なのでしょうか。

 私の高校時代,大学受験を考えていたころの話になります。理科の受験科目の選択が必要でした。学校の授業として物理・化学・生物がありその中から二科目を選択する必要がありました。言い換えれば一科目を捨てるという選択です。私は物理を捨てる選択をしました。捨てたとはいえ物理の授業はあるし当然ですが定期試験もあります。大学受験を考えると物理の勉強に時間を割くのは「無駄」ではないか,何とか卒業できる点数があれば問題はない,と私は考えたと思います。

 私はどのような態度で物理の授業を受けていたのでしょうか。物理の授業中に受験科目の勉強をした覚えはありませんから授業を聞いてはいたのだと思います。50年以上前の古い話で,しっかりとした記憶ではなく怪しいところもあります。本当は寝ていたのかもしれません。

 さて,物理の授業の時間は私にとって無駄だったのでしょうか,実際のところよくわかりません。授業そのものは物理が身についたわけではないので無駄だったのかもしれませんが,「物理は難しくてよくわからなかった。」そう思ったことは無駄ではなかったのかもしれません。経験することによって感じたことや思ったことが次につながるのではないでしょうか。経験をし年を経たからこそ感じることかもしれませんが。

 もう一つの「無駄を恐れない」は新しいことに挑戦したり何かを身につけようとするときに「失敗や間違いを恐れない」ではないかと考えています。「どうせ失敗するのなら,何もしないほうが時間と労力を無駄にしなくてすむ。」と思うと何もしなくなります。しかし,何もしなければ新しいことは何も身につくことがありません。「失敗」しそこから何かを学び次につなげていくということが必要なのだと考えています。

 新学年の始まりに何をしようかはまだ思案中ですが,正月からは腰痛体操を毎日することを目標にしました。今のところ数日しなかった日がある程度なので何とか継続できているといっていいでしょう。

 以前書きましたが,インキュベートの法則」の実行するとよいかと思います。行動心理学の法則で,継続してやりたい事があったら何が何でも21日間やり続ける。21日続けるは「むらなく」に当てはまります。そうすると習慣として身につくという法則です。でもこれも「無理」なことをしないが大事なのではないかと思います。

 話は変わりますが,公立高校の学力検査まであと数日です。受験生は残りの日を「無理なく・むらなく」過ごしてください。実力を発揮できるように睡眠・休息と食事はしっかりとって検査に備えてください。

 

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信天翁通信No410 2023年1月30日(月)

★入試に形式を合わせてありますから,道コンは問題用紙と解答用紙が別になっています。科目にもよりますが数学や理科など,また英語の聴き取りなどメモをすることがあってもおかしくないように思います。ですが,子どもたちの問題用紙を見ると書き込みがほとんどない,とてもきれいな問題用紙が多いようです。

 数学のグラフや図形に多いのですが,問題文に書かれたことを問題用紙に書き込むとわかりやすくなることがあります。何よりもグラフの座標の数値を書いたり等しい角に印を付けるなどすれば覚えることが少なくなりますし目でいつでも確かめることができます。

 手を動かす。書くことですが,あまりしない子が多いようです。問題をじっとにらみながら考えているという子がいます。私からすると休んでいるのと変わらないように見えます。

 典型的だと思うのは理科の「物体をレンズに近づけると,像の大きさと像ができる位置はどう変化するか」という問題です。この問題でじっと問題を見て,どうなるのかを思い出そうとしているようです。覚える必要など全くない問題で,解くために必要なのは作図の知識だけです。作図してみればすぐに答えが出るのですがにらんでいます。結果問題文の「近づける」につられて「像は近くにできる」を選んで間違えます。手を動かしさえすれば答えに行きつけるのにです。

 

 計算も暗算が好まれます。にらんで答えを書く,何年も見続けている不思議な光景です。高校生になれば暗算でできる問題が少ないことに気がつくのでしょうが,小学校や中学の簡単なうちに慣れておけばいいと思います。式を書く,書き込みをするなどもっと手を動かせば楽に問題が解けるのにと思う場面が多々ありますが,にらんで説く誘惑にはなかか打ち勝てないようです。お絵描きの好きな子ども達や落書きをする子はいますが何か手を動かして解くようになるいい方法があればと思いますがなかなかうまくいきません。長年の課題ですがこれからも考えていかないといけないのでしょう。

★イモリ…生きています。たまに餌を食べます。何とかこの寒い冬を越せるのでしょうか。メダカも一匹だけがまだ生きています。

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信天翁通信No409 2022年12月26日(月)

★北海道の高校入試の形式が昨年から変わりました。英語は聴き取りテストの変化が目につきます。すべての聴き取りの問題を二度放送していましたが,一部は一度しか放送しなくなりました。そして配点も大きくなり30点を超えました。いつからか教科書の内容が会話形式が増え実用的な英語を目指し,英語の四技能などと言われるようになっていましたから聴き取りの配点が大きくなるのも当然の流れなのかもしれません。

 しかし,聴き取りができることに何の実用性があるのでしょうか。日本で暮らしている限りでは,英語の聴き取りの必要性などほとんどないのではないでしょうか。新千歳空港に行けば英語の放送が流れますが,日本語の放送がありますから何の不自由もありません。日常的に,一部の人を除き,英語の放送を聞く必要性などないでしょう。

 仕事で外国とのお付き合いがある人は英語を聞き取るな力が必要ですし役に立ちますが。私のような仕事には必要なさそうです。

 私が思うには,学校の勉強に即効的な「役立つ・役立たない」という評価基準を持ち込むことに無理があるのでしょう。

英語という日本語と異なる言語があり,私たちが日本語で考えることを英語で考える人達,そして世界にはたくさんの言語があり,それぞれの言葉を使って考える人達がいる。英語の勉強をすることで世界の様々な人達のことに思いがいけばいいのではないでしょうか。

 

 「役立つ・役立たない」というと,施設で暮らしていたあるお年寄りの言葉を思います。そのお年寄りは編み物を趣味にしていましたが編み物をしなくなりました。そのお年寄りが言うには「編んでも,もらってくれる人がいないからね」ということでした。「役に立たない」と思ったのではないでしょうか。お年寄りは施設にいても孤立していたのではないだろうかと思いました。施設の側でバザーに出品するなどの手立てを考える,他の人とつながっていることを実感させることができればよかったのにと考えさせられました。

★高校生がいなかったら引っ掛かっていたかもしれない…高校生と勉強をしているときにパソコンでgoogle検索をしていました。探していたものはすぐに見つかったのですが,よせばいいのにリンクをクリックしました。突然,警告音が鳴りマイクロソフトセキュリティからの警告と表示され,至急サポートに電話をするようにと音声が流れました。慌てて電話番号をメモしていた私に高校生が「電話番号を調べたら」と言ってくれました。スマホで調べると会社名など一切なく怪しげな電話番号でした。別の子が「マイクロソフトセキュリティ」で検索してくれて,サポートを装った詐欺サイトだとわかりました。

 「電話を掛けろ」と言われた時点で詐欺かもしれないと疑うべきでした。「人見たら泥棒と思え」と昔から言いますが,不審なサイトがたくさんあって普段目にしないサイトが立ちあ上がり,何か要求されたら詐欺サイトと思えということのようです。勉強になりました。

★イモリ…イモリを飼っている塾生がいます。その子が塾においてある水槽を見て「イモリがメダカを追いかけない」と不思議そうに言いました。聞いてみると「イモリの水槽にメダカをいれると,イモリはすぐにメダカを捕まえて食べてしまう。」そうです。

 何故,私が飼っているイモリがメダカを捕まえないのか。メダカを初めて水槽に入れた時から捕まえようとしている姿を見たことがありません。今までもメダカを食べていることは間違いないので,追いかけないのは不思議な気がします。飼い主に似て,単にズボラなのかもしれません。あるいは歳なのでしょうか。

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信天翁通信No408 2022年11月21日(月)

★手に入れたものを手放すことができるか。何で見かけたのかよく覚えていないのですが,サルが主人公の話だったと思います。話のあらすじは。以下のようなものです。

 壺の中に食べ物かが入っている。その食べ物を取り出そうとツボの中に手を入れる。食べ物をつかんで取り出そうとすると,ツボの口の手前の細くなっている部分に引っかかり壺から手を抜けない。手にした食べ物を放せば壺から手は出るのだけれど,つかんだものを放せない。間抜けなことを笑う笑い話だったかと思います。

 食事をしている時でした。調味料か何かを取ろうとしたのだと思いますが,うまく取れなかったのです。何のことはない、しっかりと手にお箸を握っているではありませんか。お箸が邪魔でお皿か何かにひっかかったのでした。お箸をおけば指も自由に動かせます。必要な道具ならともかく,手に何かを持って作業をするなど不自由極まりありません。笑い話のサルを笑うどころではありません。お箸を置けばいいんだと思うとともに,ボールペンを持ったまま物を取ろうなど同じようなことをよくしているな自分に気がつきました。

 サルの話は食べ物でした。ボールペンを手放さないことよりも切実さのある食べ物を手放さないほうが納得ができそうです。どうもサル以下の自分のようです。何故ボールペンを置いてと思わないのだろうか,置くという手間が増えるので面倒だからなのだろうか,でも結局ボールペンが邪魔になってより面倒になる。あまり後先を考えずに何となく手放さずにやっている感じです。

 ひょっとすると,欲ボケかなそれとも本能かなと思いつきました。人間には手が二本しかありません。持てる量には限りがあります。それでもできるだけ持ちたいという欲に駆られてのこと,私が単なる欲張りなのでしょうか。あるいは生き物としての人間の飢えの記憶から手にしたものは手放したくないという本能のような物なのだろうか。

 こんなどうでもいいつまらないことを考えたのですが,本当のところはたんに私が不精だということなのでしょう。

面倒がって楽をしたいと思い不精,手抜きですね,をするとかえってろくな結果が待っていないというお話でした。

 

 しかし,楽をしたい手抜きをしたいという思いは現在の便利な物,古くは洗濯機・炊飯器・掃除機を,新しいものではスマホなどを生み出す原動力でもあったのではないでしょうか。とはいうものの,便利なものを生み出す苦労は並大抵のものではなかったはずです。恩恵をこうむるのは楽ですが,生み出す労力を考えれば,凡人は何事も面倒がらずに丁寧にやるほうが間違いは少ないでしょう。

★「使えるのかどうかわからない,いや,今までのことを考えればほぼ使えないだろう」と思いながら説明用の資料を表計算ソフトで作っています。とりあえず使うつもりだけれど,どの程度使えるか怪しい,しかしボケ防止にはなるに違いないと思い作っています。

 やっていると結構面白くて,子供たちがゲームにはまるのと同じかもしれません。眼も結構疲れるし夜更かしの元だし,ほどほどにしなければと反省しているこの頃です。

 

★イモリ…あまり餌を食べません。寒くなってきているせいかもしれませんが今までとは様子が違うように思えます。飼いはじめから8年を経過しています。実際の年齢はわかりませんがそれなりの年なのだろうと思うと少々気がかりです。

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信天翁通信No407 2022年10月24日(月)

★メダカ…イモリの水槽でメダカを一緒に飼うことがよくあります。二~三匹を買ってくるのですが,一匹を残して他は一週間もせずにいなくなることが多いのです。残ったメダカはそれなりに長く生きます。不思議に思っていたのですが,ある卒業生が「この水槽のキャパでは一匹しか生きられないのでは」と言ったことがありました。「そうかもしれない」とぼんやりと思ってはいましたが大当たりだったようです。「魚1㎝につき水1L」とスマホの記事にありました。いつも入れている水の量からすれば,メダカの体長は2㎝と少し位でしょうから,一匹が限界のようです。メダカに限らず,スマホやタブレットで簡単になんでも調べられる時代です。子ども達のように器用に使えませんが私も便利なので重宝して使っています。

 また,使いようによっては勉強にも役立つかもしれないと思ったりしています。翻訳アプリは発音もしてくれますからとても便利です。私が下手な英語を読むよりも聞き取りの練習になります。先日もパソコンを使ってですが,「三人称単数のs」の発音の違いを子どもたちと一緒に聞いてみました。下手な説明よりもよほどわかりやすかったと思います。ただ,こうしたアプリをどのように利用すればよいのか,難しい面もあると思います。例えば,翻訳アプリ一つをとっても何種類ものアプリがあります。私が時折使うGoogle翻訳とDeepLという翻訳ソフトがあります。DeepLは高校生に教えてもらったのですがGoogle翻訳よりも流暢でこなれた日本語にしてくれます。一方,Googl翻訳は逐語訳で日本語としてはおかしいところがあります。高校生くらいになればDeepLでよいかもしれませんが,習い始めの中学生にはGooglのほうがいいような気がします。逐語訳ですから一つ一つの単語の意味がわかりやすく文法を意識することができるように思います。アプリはどんな人を対象にして作られているのかといったことなどを考えて選ばなければいけないと感じます。

 スマホを使って調べ物をする,使い始めが年を取ってから,かつスマホ歴が短い私は,子ども達に教えられることが多くあります。調べるためには検索をしなければなりません。何を検索語句にすればよいかですが,子ども達から適切な語句を指摘されることがよくあります。適切な検索語句を使える子は日本語の語彙が豊かになるのかもしれないと思ったりもします。

 

 「すぐに調べられる」良いことに違いないのですが,試験の時は調べ物ができないのですから,何かを手掛かりに連想することも必要かと思います。すぐに調べていては,少し立ち止まって予想したり想像したりがなくなるかもしれないとも思います。なんにせよ良いことばかりではないと思います。

★スマホのことを書いてきましたが少し不気味な気がします。メダカの記事だけでなく金魚や熱帯魚の記事がスマホのニュースのアプリによく出てきます。以前にメダカの品種という記事を読んで以来のことです。「あなたへのおすすめの記事」ということのようで,例えば自動車保険を検索すると,しばらく保険の宣伝も含め保険に関連する記事が画面に出てきます。間違えてタップした記事,全く関心のないものであっても同じです。スマホの小さな画面でうまくタッチできないことの多い私ですから,読みたくもない記事が出てきたりします。いろいろなことに関心を持つためにはそういった間違いも役に立つこともあるかもしれませんが,何だか変な感じがしてなりません。

★イモリ…メダカがいなくなる理由ははっきりしています。死んだメダカをイモリが食べた,あるいは生きたまま食べたのかどちらかです。そしてメダカには申し訳ありませんが,メダカを非常食と考えて買ってきています。今は一匹が残っています。水の量を増やせば二匹でも可能かもしれません。やってみようか迷っています。

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信天翁通信No406 2022年9月28日(水)

★「手を動かすこと,そして丁寧にすること」を心掛けようといつも思いますが,なかなかうまくいきません。丁寧どころか手抜きをして何とかしようとなってしまうのが常のようです。そんな私ですが子ども達には「丁寧に,手を動かして労を惜しむな」とよく言います。

 問題を解くためには,当たり前すぎますが目から入る文字情報はとても重要です。「正しいものを選べ」か「誤っているものを選べ」といった言葉は問題文の最後に近いところに出てきます。問題文の途中で目が離れると,知っていることであっても,間違えることになります。文章を丁寧に読まなければなりません。また,書くことも丁寧にしてほしいと思っています。書けばいいんだろうといった書き方をよく見ます。書ける漢字や英単語を10回書くなどやっているとこういったことになってしまうのでしょう。書く時は意味や目的を考え丁寧にするよう心掛けたいものです。

 労を惜しむといえば,式や途中計算を書かないことが多いようで気になります。「暗算ができる=いいこと」のように思っていることが関係するのかもしれません。暗算では途中の計算で出てくる答を覚えることが必要になります。答をを覚えることに特に意味があるとは思えません。書いて眼で見て確かめながら計算すれば済むことです。自分がどんな計算をした結果,数字がどのように変わっていくのかを目で確かめることは大切だと思います。数学には,関数が代表かもしれませんが,式の形でグループ分けがなされています。式の形に注目することで見えてくるものがあるということだと思います。また式の形がどのように変化していくのか,目と手で確かめることはとても大切だと思います。

 その一方で,子ども達は労を惜しまないことがあります。先に書いた暗算もそうです。する必要のない計算があっても,全く意に介することなく計算をしていきます。「答が出るからいいでしょう。」というところでしょうか。式を見る力をつければしなくてもよい計算が結構あると思います。私のように計算が嫌いというのがおかしいのでしょうか。一つでも計算を少なくすれば,計算間違いは減っていきます。

 子ども達が労を惜しまないことがもう一つあります。記述式の答案ですが,たくさん書くことがいいと考えているようなところが見えます。たくさん書けば当たるかもしれないということなのでしょう。しかし,書けば書くほど焦点はぼやけていきます。あたる部分があってもその他の個所に間違いがあれば✖になってしまいます。書く時は必要最小限なこと,要点は何か,何が重要かを考えてポイントを押さえるべきです。教科書にあることがすべて試験に出るわけではありません。大切なことだけと考えてそう間違いではないでしょう。覚えることを減らす,ポイントを抑える練習をしなければ勉強はどんどん大変になるばかりに違いありません。

 

 「労を惜しまず」といいながら「労を惜しむ」私です。

★「インキュベートの法則」…行動心理学の法則で,継続してやりたい事があったら何が何でも21日間やり続けると、最初のうちは意識的にやっている状態だったのが,だんだんと無意識に出来るようになるというものだそうです。私が大学受験の勉強を始めた時がそうでした。目的が受験でしたから受験が終わるとともに勉強も終わってしまいましたが,初めは我慢してやっているのですがそのうち習慣になってくるということでしょうか。あまり楽しくない勉強を21日間はつらいかもしれませんがやってみる値打ちはあるかもしれません。

 

★イモリ…何とか生きているようです。涼しくなり玄関に戻しました。涼しくなって元気になってくれるといいのですが。

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信天翁通信No405 2022年8月29日(月)

★子ども達にスマホをいじるなと言いますが,私もそれなりに触っていてGoogleのニュース?を見たりします。たまたま目にしたのですが「東大生の9割は本当に頭がいいわけではない」という記事がありました。話の始まりにテレビのクイズ番組にふれ,ほとんどの東大生はその程度であり本当に頭がよいわけではないと書いてあります。ここで注意が必要なのは「頭がよい」という言葉の定義です。記事によれば,本当に頭がいいということは「答えのわかっていない問題の答えを見つけ出したり何か新しいものを生み出す能力がある」だそうです。クイズに出ている彼らは,答えのある問題に答えられる,いわば物知りというだけで「一般人より多少は優れているが,コンピーターよりは性能の落ちる記憶装置」といったところでしょうか。

 話は変わりますが夏の甲子園大会が終わりました。甲子園は高校野球の世界では受験の東大に当たるかと思います。数だけで比較すると東大に入るより甲子園に出場するほうが難しいでしょう。東大の一学年の定員は3千人を超えますが甲子園のベンチ入りの選手の数は1チーム20人として,およそ20人×50チーム=1000人程度なのではないでしょうか。甲子園に出場する選手はそれなりに才能のある高校生だとは思いますが,その後プロとして活躍する選手はその中の一握りではないでしょうか。受験の勝者である東大生でもその後,社会のトップに立って活躍する人はほんのわずかでしょう。記事にあったようにほとんどが普通の人なのです。

 しかし,このことは受験勉強を勝ち抜くヒントを与えてくれているとも考えられます。クイズに答えられるということは,受験に役立そうにもない雑学を身に着けているということです。受験勉強の勝者である東大生を目指すのであれば,いかに雑学を学ぶかといったことが近道なのかもしれません。教科書や参考書・問題集の問題を解いているだけでは東大生になれなくはないでしょうが,厳しいのかもしれません。典型的なことは社会科や理科の勉強かもしれません。地図を見ることが好きな子は,地図帳を開くことで勉強しているという感覚はないと思いますが,地図が頭の中に入ってくるでしょう。歴史の好きな子は歴史の本を楽しみにして読み知識を身に着けるでしょう。星や生き物が好きな子どもも同じようなことが言えるでしょう。そして知ることが増えると他の分野との関連が出てきたりして雑学は領域をどんどんと広げていくのではないでしょうか。こうして身に着ける知識は試験勉強の一夜漬けとは異なりしっかりと身につくのだと思います。雑学とは言いますがは馬鹿にできないのではないでしょうか

★子ども達から東大生がテレビのクイズ番組に出ていることを聞いてはいました。「東大に入って,クイズ番組とは。他にすることはないのか」などと,自分の大学生活を棚に上げて思う私です。タレントとして収入を得ているのだろうからそれはそれで立派なことでしょう。

★夏期講習が終わりました…暑い日が何日かありました。しかし昨夏を思えばしのぎやすい講習でした。気候の面は助かりましたが中3に出した宿題のチェックは意外と大変でした。でも子ども達は思いのほかよくやってきてくれたので良しというところです。

★イモリ…何とか生きているようです。涼しいところに避難させていますがあまり食欲はありません。この夏を何とか乗り切って,みんなが見ることのできる玄関に戻せればと思っています。

 

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信天翁通信No404 2022年7月21日(火)

★またまたZoomをするとは思ってもいませんでした。Zoomの時間や日程を調整し子ども達に連絡する他,テキストを取り込んだりなど予定外の作業がありました。面倒だしZoomは手ごたえのなさがなんとも嫌なのですが今回は少し面白いこともありました。

 久し振りにマスクなしの子どもたちの顔を見ることができたことです。まるで長く会わなかった親戚の子どもの成長に驚くように,子ども臭かった顔つきが大人びてきたことに驚かされました。マスク着用の生活は2年を過ぎているはずです。何度も顔を合わせているとはいえ目元しか見えませんから気が付かなかったのでしょう。マスクで隠していると顔半分だけでなく様々なことが見えなくなるようです。「眼は口ほどにものをいい」とは言いますが,マスクをしていれば表情がわかりにくいので人とのお付き合いの上で,マイナス面があるようです。早く2マスクなしの生活に戻れればと思います。

 しかし,マスクなしで接していれば顔つきが少しづつ変化していくので今回のような気づきはなかったかもしれません。当たり前ですが,2年の月日は長く子ども達はずいぶん成長するものだとあらためて思い知らされました。そして,自分では気が付いていないけれど私も年を取った顔になっているのでしょう。

 今回は今までと違って1対1でのZoomでした。中には一人が嫌な子もいたとは思いますが,私としては進み具合を気にする必要がないのでやりやすく楽でした。そして,英語を中心に組んだこともあって普段よりも多く英文を読んでもらったり訳してもらったりしました。そのため,進み方は遅くなりましたがよかったので,英語については,たまにこうした方法もありかといました。しかし,数学は手元が見えないので,空をつかむような思いがあってしっくりといかないのは同じでした。ただ,スマホを使っている子が多いため画面の小さいことから見えているのだろうかと気になります。タブレットであれば楽だろうと思い,学校にクロームブックがあるのに利用できないのが残念でした。たまには,今回のように雰囲気が変わって様々なことを思うのはいいことかもしれません。しかし,自分で計画して行うことであればよかったのですが,やむを得ずであったのが残念でした。

 

★コロナが落ち着いたようだと先月に書きましたが,見通しがあまかったようです。しばらく身近にコロナの話がなかったのでZoomになったらという時のことを考えていませんでした。コロナとのお付き合いの仕方が定まるまで心して準備を考えないといけないと思い知らされました。私個人ですることなので大した準備はできないのでしょうができる限りのことは考えてみることにいたしました。

★ご迷惑をおかけしました。無事に自宅待機を終え、通常の生活に戻りました。普段のように仕事をし買い物など外出ができることがとてもありがたいことです。日常の大切さを教えてくれるコロナでしょうか。また,体調を心配していただきましたが予防接種を3度もしたおかげなのか体調に変化はありませんでした。お気遣いいただきありがとうございました。

 

★イモリ…何とか生きています。今年も暑くなる予報が出ているので風呂場で暑さ対策をしなければいけないようです。すでに風呂場に移動してありますが暑い時期が短いことを願っています。

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信天翁通信No403 2022年6月21日(火)

★わたあめを分ける…試験勉強の最中に,篠路神社でお祭りがありました。塾に来る前にお祭りに行き,みんなのためにわたあめを買ってきてくれた子がいました。買ってきたのは一つで,それを4人で食べることになります。4人でどうやってわたあめをたべるのか,4人でちぎりながら食べるとすると,手はベタベタになる⇒手がベタベタ⇒机をはじめあちこちがベタベタ⇒後始末が大変,と思い4等分して各自お皿でフォークを使い食べることにしました。

 さて,わたあめを4等分する方法は?ちょっと困りましたが包丁で切ることにしました。ふわふわのものをうまく切れるかちょっと不安でしたが,フランスパンを切るよりもよほど簡単でした。パンは押さえながら切りますが,わたあめは押さえる必要がなく,包丁の刃を当ててゆっくり刃をおろしていくだけで切れました。切り口がつぶれたりすることもなく意外なほどきれいな断面になりました。

 わたあめを切るのはともかく,試験問題の方も一刀両断,きれいに解いてくれればですがこちらはなかなかそうもいかないようです。

 試験勉強のさなかに不謹慎なと思う人もいるかもしれませんがちょっとした息抜きになってよかったのではと思っています。

 コロナが一段落したかどうかわからないのですが,中学校の修学旅行の行先が東京になった学校があったり北海道神宮のお祭りも3年ぶりに催されるなど,少しづつ日常が戻ってきているということでしょうか。学校生活は時折り学級閉鎖があったりしますが,コロナ以前とかわらなくなってきたようです。学校以外の子ども達の生活も以前のような遊びの時間や空間が戻るのはいいことではないでしょうか。

 体育や部活の時はマスクを外してもよい,熱中症対策もあるようですが,コロナ以外のことを心配するだけの余裕ができたという風に考えればいい方向に向かっているのかもしれません。「マスクをいつまでするのか」といったことも話題になっているようです。私としては眼鏡が曇ったり子ども達の発言が聞き取りにくかったりと煩わしいことが多いので早くマスクなしの生活をしたいのですが,そう簡単にはいかないようですし新聞によれば「マスクなしの生活は考えられない」という人達がいるようにも書いてあります。コロナがなくなるとは思えませんしこれからどうなっていくのか不透明ですが,落ち着いて勉強を続け,時にはゲーム大会などしていければと願っています。

 

★デジタル教科書…先月に書いたことの訂正です。

 デジタル教科書は誰でも購入できます。

 先日教科書会社の方とお話する機会があり色々と教えていただきました。教科書会社のホームページに行き学習者用であれば購入できます。各教科書会社ごとに氏名やメールアドレスを入力するなど少々面倒ですが,ネットショッピングと同じ要領です。それよりも面倒なのは,教科書会社によってデジタル教科書の操作方法が異なることです。始まったばかりで規格が統一されていないためのようです。利用者の利便性を考えると規格が統一されると扱いやすくなるのですが利用が広がるまで時間がかかるのでしばらく先のことでしょう。

また,英語のデジタル教科書についてはどの学校にも配布というか,使えるようになっているそうです。利用法とかは学校に一任されているようですから,使う学校もあれば使わない学校もあるということでしょう。

★イモリ…何とか生きています。餌も食べていますが元気がないような気がします。もうすぐかいはじめてからまる八年になります。

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信天翁通信No.402 2022年5月24日(火)

★慣れないことをするのは大変です。中学生位であればまだしもですが,この年になれば悪戦苦闘,なかなかうまく進まずに苦しんでいます。何か未経験のことを始めると,予想もしなかったことがあったりしてなかなか思い通りに事が進みません。少しづつコツがつかめてきましたが,軌道に乗せるにはもう少し時間がかかりそうです。

 先月に書きました,宿題と居残りです。どの部分をどんなタイミングに宿題にするかがうまくいきませんでした。しかし,これはどの部分を宿題にするかを決めることで機械的に宿題は出せるようになりました。やった後の宿題をどのタイミングで提出させるのか,また提出させてからの処理に苦しんでいます。実は,今までも宿題を出していましたが書き写しの視写以外は出しっぱなしでノーチェックでした。確かに内容のチェックをすることで今まで見えなかった部分が見えることもあります。しかし,チェックは思ったよりも面倒ですし,やり直させればそれ相応に時間を取られます。宿題で進度を速めることができるのではと皮算用していたので少々誤算です。私の何倍もの提出物をチェックする学校の先生の苦労がわかるような気がします。

 

 自分の都合ばかり書いてきましたが,子ども達の立場で考えてみます。おそらく面倒だと思っていることでしょう「この頃,宿題多いね」と言った子もいます。やはり「やるのは面倒だが,居残りは嫌」という子がほとんどです。ところが少数ですが毎回のように「居残り」していく子がいます。どこでいつやっても同じと考えて居直っているのかもしれません。そして一人の居残りはつらいのでしょうけれど二人以上となれば違うようです。クラスの雰囲気もありますが,それなりにおしゃべりしたり特に苦にしていないのかという子もいます。正直なところ居残りはしてほしくありません。私が帰れないのですから。「早く帰りたい」と私がぼやくのを楽しんでいるのだろうかと疑ってみたりします。何といえばいいのか,お互いに嫌なことをしていることになります。こうなれば我慢比べみたいになってくるのかもしれません。そう考えると何だか意地のようになってきそうです。いつまで続く宿題かわかりませんが,子ども達に負けるのは癪にさわるので何とか続けようと思っています。

★デジタル教科書…こちらも悪戦苦闘です。デジタル教科書があることは知っていましたが,機能などは全く知りませんでした。たまたま「ルビ振り」について検索していた時にデジタル教科書が引っ掛かりました。出版社によって機能は違うようですが,教科書の内容が全部あって文字や図版の拡大は当然,ルビ振りの設定や読み上げもできるようです。勉強ができる設定もあるようでした。使ってみると面白いかもと思い,学校関係者以外,つまり私が使えるのかどうかを教科書供給所に問い合わせると使えないということでした。

 しかし,教科書出版社のホームページを見ると指導者用と学習者用とがあります。学習者用とあるから生徒であれば個人で買えるのだろうかと思い少し調べてみましたが,購入は学校や教育委員会を通さなければ生徒個人では無理なようでした。

 紙の教科書は誰でも三省堂などの書店で買えます、どうしてデジタルだとだめなのかよくわかりません。私でなくても家庭で使えれば子ども達だって予習や復習をしやすいかもしれないと思います。何事も良いばかりということはなく負の側面があります。デジタルはできたばかりなで負の側面などわからないことが多いので慎重に扱っているのでしょうか。ちょっと使ってみたい気がしています。

 

 子ども達はクロムブックを持っています。学校だけでも使ってみればと思っていました。そう思っていた矢先,西中で使うそうです。子ども達の話では英語と数学で使うとのことです。どのように使うのか子ども達に聞いてみるのが今から楽しみです。

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信天翁通信No.401 2022年4月25日(月)

★中学では成績とは関係のない学力テスト(19日に実施された文科省の全国学力テストではありません)が行われることがあります。新学期の初めや夏・冬の休み明けに実施することが多いようです。年間行事予定表に書かれてありますから,学力テストが近くなると「テスト勉強をした方がいい?」と尋ねてくる子がいます。いつも私は「しなくていい」と答えます。学力テストの範囲は定期テストなどに比べとても広く,数日前から対策をすればどうにかなるという範囲ではありません。まとめに目を通すような,さらっとおさらいをして覚えことが出るという幸運があるかもしれませんが,運頼みの勉強というのもどうでしょうか。成績には関係がありませんし,自分の実力や自分のいる位置がどの辺りなのかを知る機会ととらえれいいばと思っていますので「やらなくていい」となります。試験間近のにわか勉強,追われる勉強,自分のペースの勉強ではありません。スポーツの試合で例えれば,相手のペースにのせられて試合を進めていると言えるでしょう。勝ち目はなさそうです。

 自分のペースで勉強をする。なかなか難しいしいことだと思います。そもそも学校の授業を考えてみると,誰に合わせて授業をしているのでしょうか。40名ほどのクラス全員に合わせた授業などありえないことだと思います。いったい,授業は誰のペースで進むのでしょうか。授業ですら自分のペースかどうかわかりません。また,子どもたち自身で設定できないワークや課題などの提出があります。そんな中で,どうすれば自分のペースで勉強ができるのでしょうか。

 誰もが言うことなのだと思いますが,「毎日少しづつ勉強を」としか言えないのかもしれません。私は子ども達が「頑張って勉強する」と言うと,「頑張るんではない,毎日,歯を磨くように勉強しな」とふざけて言ったりしますが,毎日歯を磨くように勉強はなかなかできるものではありません。

 お世辞にも楽しいと言える勉強ではないと思います。しかし,チャレンジはしてほしいと思っています。

★中2から中3はクラスがそのまま持ち上がることが多いのですが,今年の中3はクラス替えがあったようです。生徒数の増減があってクラス数が変わったのか,何か意図があったのかはわかりません。中学では,1年生は当然として,全学年でクラス替えがあったことになります。塾生に落ち着きがないとかそういったことはありませんが,教科書がかわり,全員にタブレットが配布されるなどおおきな変化があった中学校です。クラス替えなど学校運営の面で変化があるのでしょうか。子ども達が落ち着いていればそれでいいのですが。

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